臨床神経学

症例報告

橋底部病変にて病的笑いを呈した多発性硬化症の1例

高堂 裕平, 五十嵐 修一, 赤岩 靖久, 寺島 健史, 田中 恵子, 辻 省次

新潟大学脳研究所神経内科〔〒951-8585 新潟市旭町通り1-757〕

症例は36歳男性である.30歳時,左片麻痺および病的笑いで多発性硬化症を初発した.6年の寛解状態の後,右片麻痺および病的笑いの増悪をきたし二度目の入院をした.病的笑いは病歴聴取時の会話や診察行為などのわずかな刺激が誘引となって出現した.初発時の頭部MRIでは,右橋下部腹側および両側放線冠,右内包後脚に病変がみとめたが,病的笑いが改善した後に撮影した頭部MRIでは,右橋下部腹側の病変は消失していた.二度目の発症では頭部MRIにて,左橋下部腹側に径1cm大の病変を新たにみとめた.病的笑いの病勢が橋下部腹側病変の出現に同期してみとめられたこと,およびこれまでにも延髄から視床にかけての脳幹腹側の梗塞や脳血管奇形で同様な病的笑いをきたす症例の報告があることより,本例の病的笑いの原因病巣として橋下部腹側が推察された.

(臨床神経, 42:519−522, 2002)
key words:多発性硬化症, 病的笑い, 橋底部, MRI

(受付日:2002年1月25日)